[9205] 息子の先生7・気づく者、気づかない者③ tttt 投稿日:2010/03/13 (土) 14:28
その青年は、海に沈んでいく太陽を見ていた。海面に半分欠けている太陽は、ちょくせつ見つめても、もうまぶしくともなんともない。太陽が去っていく空は紫色とオレンジ色とピンクが混ざり合い、白ゴマのような星を光らせている。太陽を迎え入れる海は、黒と白の水墨画のように暗く波打ち、もうまもなく、墨をこぼしたように真っ黒になるだろう。海は、太陽が沈んでいく直前は幻想的で美しいが、完全に沈んでしまう夜の海は、恐ろしい。真っ暗な闇からやって来る波の音が、真昼の穏やかさではないのだ。人を不安に陥れる使者の声に聞こえる。青年は、そう思っていた。だが今やもう、どうでもいい。怖くともなんともない。
青年の携帯電話がなった。
「おい、門倉、何処にいるんだよ?」
相手は、鳥山という同年代の男だ。だが青年にとって、もう名前なんてどうでもよかった。自分も、友人の相手の名前も・・・存在も。はぐらかすような言葉を出した後、青年は携帯を切った。
青年がこの土地にやって来たのは、正午過ぎだった。駅から降りた真昼の海は、生命力にあふれていた。それからどうやって時間をつぶしたのか?食事すらしていない。そして、夜を迎えた。夜の海は、昼と同様、力があふれているが、それは生命を吸い取ってしまうような暗い力だった。だが青年はそれを感じると、むしろ安心した。
この大自然に逆らってもしょうがない・・・身を任せようじゃないか。そう思う青年の顔は、月明かりの下で笑みさえ浮かべている。
(身を任せる?違うな。身を投じるか・・・身を差し出す、か。くっくっくっ)
青年は、自虐的にそう思い直していた。
~~~
青年は、派遣社員だ。仕事は、無断に休んでいる。だがそれがどうしたと言うのだ。かわりの歯車は、いくらでも転がっている。企業はそう思っているのだ。人手がいる時は休みもなく、朝早くから夜遅くまで仕事を課せられた。いらなくなると、契約を切られた。お願いと頭を下げていた社員が、ご苦労さんと目も合わせなくなる。そんなサイクルで、青年は生きてきた。そんな時に、青年の親友がこの世から自ら消えた。
歯車の一つがなくなる事に、誰も関心なんか示さない。そんな事を考えていたんじゃないか?その親友の事を、青年はそう思うのだ。それよりも何も、先に絶望してしまったんだ。もう、歯車になる事さえ出来ないくらいに、心が萎えてしまった。他の歯車と噛み合うのも苦しくなったんだ。もう、回れない・・・。
青年も青年の親友もイジメられっ子だった。中学の時はし烈を極めるいじめだった。だが、イジメをする不良たちは、教師にかばわれるのだ。あの担任教師は何を見ていたのか?ホームルームで不良を更正させようと目を熱くさせ熱弁をふるい、皆に不良への激励のコメントさえ書かす。達成感にあふれた顔でホームルームを終えた担任教師が、教室を出て行くと、陰惨なイジメが始まった。
『クラスメートだろう』
『協力できないやつは、差別主義なんだ』
担任教師はこう言った。本当の悪は、不良ではなくこの担任教師だ。今青年はそう思う。
きっと本当に不良を救いたかったのかもしれない。けど俺たちは、誰が救ってくれるんだ!?ええっ!?誰がっ!!教師の言葉など、不良たちは聞いていなかった。教師の想いを、不良たちは気づいていなかった。その不良の腐った心を教師は見抜けないし、不良の足元で本当に苦しむ俺たちを、教師は気づかなかった。俺たちはあの担任教師にとってどうでもいい生徒なのだ。不良を更正させたという結果が、教育者の株を上げる。なぜ、誰一人、あいつらをぶっ飛ばす教師がいなかったのか?どうしてだ?あの不良たちは今どうしてる?のうのうと悪事にのさばっているのか?それともまっとうに、社会人として生きているのか?まっとうなら、何であんな奴らがまっとうに生きれるんだ?どうして俺の親友が、あいつらにイジメぬかれた、俺の親友が、絶望してこの世から消えたんだ!?俺の親友が消えた事を、あの担任教師は知っているのか?お前の教え子だったろうが?クラスで目立たない生徒の顔なんて忘れたか!?
「うっ・・・」
青年は、真っ暗になった海に向かって叫ぼうとした。そしてやめた。どうせもうすぐ、この暗い自然と一つになるのだ。疲れるだけだ。抵抗したって、疲れるだけだ。青年は、防風林が何処まで続くか目で追った。白波を弾く断崖絶壁で終わっている。
(あそこにしよう)
そう思った青年は、立ち上がると、月に照らされながらゆっくりと歩いた。
~~~
防風林の中に入ると、月の明かりがほとんどさえぎられる。海風で波のような葉の音を出す木々が、青年を立ち止まらせた。この木をつかっても、いいんじゃないか。そう思う青年。どこかに、ロープは落ちてないか?暗い地面を見渡す青年は、ベルトを腰に巻いている事に気づいた。ガチャガチャとバックルを外すと、周囲を見渡し、手ごろな木がないか検分して、ぎょっとするのだ。
木の陰に、何かがうごめいている。かすかな月明かりを頼りに目を凝らすと、男と女が抱きしめあっているのだ。しかも何組もいる。風の中でなんとなく、息遣いが聞こえるので耳を澄ました。それは、確かに息づかいだった。何組もいる抱き合うカップルをのぞく、のぞき魔たちの息づかいがするのだ。木の裏から顔をこっそりとだして、カップルに向けて目を光らせている。
(何だここは?なんなんだ、こいつらは)
最後に、のぞきでもしてみるか。そう思った青年だが、かえって、バケツの底に落ちたような気持ちになった。心底いやになった。生きることに絶望している青年とって、月明かりから隠れる様に、申し訳程度に、服を着たまま押し黙っていちゃつく男と女は、燃えて絡み合っている人間とは、生きている生身の人間とは思えなかった。
(くそっ、まだ犬の交尾を見た方が、興奮するぜっ)
そういえば勃起をいつしたかすら分からない。AVを見る気にすら、最近はなれなかった。いやきっと見ても、このカップルたちを見るのと、同じ気分になるに違いない。
やっぱり、あの断崖にしよう。青年は再び歩き出した。胸の内でこうののしりながら。
(堂々と、全裸で、絶叫しながら、素っ裸でズコバコやっている男と女でもいないか?もしいたら、のぞいてやるよ。最後のセンズリを、してやるよ)
そして青年は、立ち止まる。
~~~
青年は、目の前の夜に、真っ白な布のようなものが垂れ下がって揺れているのを見た。クネクネと揺らめいている。『いったんもめん』の様な化け物のたぐいかと、一瞬ゾッとしたが、やがて人間の、女の声を聞いて、人間の女だと、ホッとしたのだ。そして、ホッとした自分自身が、妖怪どころではない驚くべき現場に立ち会っていることに気づく。
「あっはあっ・・・牛尾先生っ・・・」
確かにそう聞こえた。かなり大きな声だ。そしてその女の声は、悩ましく艶でていて、鳥肌が立ちそうな声だ。
「隆君のお母さんっ、それえっ」
今度は男の声が響いた。まさに地の底から響くような、太く低い声だった。睾丸が縮んでしまうようなその男の声に、女の悩ましい唇さえ想像できそうな、濡れた女の声が、恐ろしいほどに調和していた。
「お母さん、燃えるんですっ。それそれえっ」
「くっふう・・・気持ちいい、牛尾先生ぃ・・・あうんっ」
月をおおっていた雲が去った時、青年は生唾を飲み込んだ。月下に、全裸の真っ白な女が、これも全裸の男に抱きしめられ、踊るように身をくねらせているのである。最初は、男の体に目が行った。褐色の肉体が、夜で隠れていて、月明かりに現れたのだ。そして、現れたのがヘラクレスのような頑強な筋肉の塊なのだ。思わず度肝を抜かれた。だが、完全に目を奪われてしまうのは、ヘラクレスを眩しさで隠してしまいそうな女の肉体だった。女は小柄で、男と対比すると大人と子供のようだ。だが、その肉の付き方は出す言葉を失う。火の玉のように白く浮き沈みしているのは胸だ、乳房だ。なんて大きさなのか。ぐるぐると回っているのはお尻だ。あまりの大きさで影ができて、腰が見えないくらいだ。
(月のような女だ・・・)
青年はそう思った。頭上の月が太陽で、女は月となり光を反射している。そしてその白い輝きは半端ではない。女の肌が白いからか?月が明るすぎるからか?青年は思った。きっと女の肌だ!その女の輝きに照らされるように、人影が三つ転がっている。三つの人影は、男と女の燃えるような抱擁を、食い入るように見ているのだ。
・・・燃えるような!?
青年は絶句した。燃えるという言葉を思ったことに。そして、心臓がバクバクと弾けている事に。燃えるだって?絶望絶望と言っていた、俺が・・・
「洩れちゃうっ!秀子漏れちゃうっ!」
絶叫が、夜を明るくした。ヘラクレスの様な男は、女を後ろから抱えあげている。子供にシーシーとおしっこをさせるような格好で、股を開かせている。しかも、三つの人影に向けてさらしているのだ。女の股間から、キラキラとした霧のようなものが噴き出して、三つの人影に降り注いでいる。その、異様とも思える光景は、幻想的な興奮であった。それも全て、女が放つ白い輝きが眩しすぎるからだ、と青年は思った。夜を、忘れて、青年は勃起していた。
~~~
「ああんっ、ああんっああんっ、牛尾先生んっ」
「すげえ・・・」
青年はうめきながら、勃起を取り出してしごいている。ベルトを外した当初の目的は、記憶から消えていた。木に両手をついて、立ったまま、男に後ろから強烈に突き上げられている女。
ぱんっぱんっぱんっぱんっ!
と、肉の破裂音が響き渡り、女の絶叫がそれをかき消す。女の腰の細さが、立ちバックのスタイルで浮き彫りになった。目を奪われるくびれが、男に尻を突きまくられてのけぞる。前後に揺れる乳房が、どこかに飛んでいきそうだ。
「すげえ、あの二人すげえ・・・」
青年は、自分以外の声を回りから聞いた。いつの間にか、いちゃいちゃカップルをのぞいていた者たちが、こちらに移動してきているのだ。皆、勃起を握り締めている。のぞき魔が皆、白熱の男と女のセックスに勃起をしごいているのだ。
「のぞきでこんなすげえの初めて見る・・・」
誰かが言った。
「ううっ」
誰かがもう射精した。
そして青年も、昇りつめていく。絶望で忘れていた、興奮、血の集結、たかぶり、うめくこと、しごくこと、荒い息を吐くこと、目を血走らせる事、歯を喰いしばる事・・・
「こんなの初めてえっ!」
女が絶叫した。女の小さな肉体は、巨大な男の肉体を包むように豊満に見える。ゆれてくねって、はずんでまわって・・・。駅弁ファックをする、男の怒涛の腰使いは、この場にいる誰もできないだろう。だが女の弾ける乳房は、大きな尻は、男の迫力を凌駕するほどの存在感で揺れまくる。
「イッちゃうっ!飛んでイッちゃうっ!」
「ううぅっ!」
女のその夜最大の声が響いた時、青年は射精した。全身が痙攣した。その痙攣は、絶望からは絶対に起きない痙攣だ。自らしごき、勃起させないとできないのだ。あまりの快感に、青年は腰を引きながら両手を地べたについた。ビクンビクンと、射精は続いている。
(すげえよ。なあ、すげえよ・・・)
青年は、胸の中で親友に語りかけた。
(こんな気持ちいいオナニー、初めてだ。お前も、こんな気持ちいい・・・)
青年は、どれくらいそうしていたか。ずっと砂を握り締めて、興奮していた。俺は、まだ勃起できる、射精できる。そう思いながら、興奮していた。月明かりがまた暗くなり、のぞき魔達が姿を消していった。そして、青年の内から燃え上がらせる燃料となる声が、聞こえたのだ。
「おい、大丈夫か?」
「何がインターハイ準優秀だっ」
「痛い、痛いのよぉ」
~~~
その声は、間違いがなかった。青年と、青年の親友をイジメきった声だ。耳の中に血のついた垢となりこびりついて、忘れる事はなかった。忘れる事ができなかった声だ。
「くそおっ・・・おい、出直しだ。しかしくそおっ。今度の獲物で、この憂さを晴らそうぜっ。たっぷり監禁してやる」
「またあの大男が出てきたらどうするのよぉっ。見てよ、この準優勝が、怯えきってるじゃない」
「警察に知り合いが多いって、言ってたぜ。ううう・・・」
「うるせえっ、警察が怖くて・・・?」
青年は、自分を見つめて立ちすくんでいる男から目を離さなかった。そいつは、舌にピアスをしている。どう見ても、まっとうじゃない。いつも思っていた事があった。偶然出会って、ちゃんと更正して全うに社会に生きていたらと。そしたら俺は、なんて惨めなんだと。だが、違う。
(違う・・・おい、見とけよ)
青年は、親友に語りかけて、右手に握っているベルトを揺らした。もう、使う目的は違う。
青年が右腕を振ると、鉄のバックルを遠心力に、ベルトがしなった。
「うぎっ!」
ガッ!と骨が砕ける音がして、舌にピアスの男がうめいてうずくまった。
「えっ?」
ととぼけた声を出している他の二人。背の高い方に、青年は思い切り、握りこぶし大の石を投げつける。鼻が砕ける音。うずくまる二人の背中や後頭部に、ベルトをムチにして振り下ろす。何度も、振り下ろす。
「いやあっ」
気持ちの悪い動きと話し方をする男が、逃げて行った。
青年は、ベルトを締めなおした。バックルがヌルヌルしている。血だ。後部ドアが開いている大きなワゴン車が目に入った。
(こいつらはこの車に向かっていた)
青年は、痛いほどの空腹を感じていたのだ。
「食い物・・・」
ワゴンに半分体を入れて荒しまくる。デジタルカメラやデジタルビデオ。注射器や白い粉が入った袋が散乱している。青年には、それらよりも菓子パンや菓子袋に目が行った。それを、むさぼった。
興奮し、射精し、痛めつけ、食っている・・・
(俺は、生きてるよな・・・)
最後に見た、親友の顔を思い出した。笑っていたが、それは、諦めていたのかな。それとも、楽になった心境だったのか?食っている・・・そして、泣いている。
「ううっ・・・俺は、駄目なんだろ?生きてないと・・・ううっ・・・」
青年は、走った。そして、気持ちの悪い動きの男に追いつくと、飛び掛り、手につかんだ石で殴り続けた。ぐったりとした男のポケットから、青年は携帯電話を取り出し、ボタンを押す。
~~~
青年は断崖の岩に腰かけ、怖くなるような夜の海の音を聞いていた。その時はもう、怖かった。そして、抵抗する。
「うおおおっ!うおおおおっ!!」
夜の海に向かって、何度も叫んだ。叫んでも、抵抗しても、無駄だ。この恐ろしい自然に、身を投じればいい。黙って、叫ばず。そう思っていた。だけどあの女!月の明かりに白い肌を、月以上に輝かせていた。月のように光を反射する裸身は、まるで太陽だった。夜に、風に、海に、自然に逆らうように絶叫していた。叫び燃えて、燃え尽きなかった。最後は、月の方から姿を消した。俺に、何人もののぞき魔たちに、あの一瞬でも生きる喜びを与えていた。射精という生命のしごきを、何人もの男に夢中にさせた。
『イッちゃうぅ』
女の最後の叫びが、頭から離れない。
(もう、行けよ)
親友の声が、ふと聞こえた。青年は、思い出していた。何処にいるんだと、電話を掛けてきた人間がいたことを。
「俺にもまだ、心配してくれるやつがいるのかな・・・」
(行けよ)
「うん」
青年は、そう言って立ち上がった。向こうの防風林には、パトライトの点滅が見える。青年が電話して、警察が駆けつけたのだろう。ワゴンの中を調べられたら、三人の強姦魔はどうあがいても逃げられない。水平線が明るみ始めた。空が雲が、幻想的に染まり始める。だが青年は、それから背を向けて、歩き出した。
そして思い直したように海に向きなおると、血染めのベルトを外して、波しぶきに向かって放り投げた。
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- 2013/07/30(火) 15:07:49|
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