妻と男の物語


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2年前、それから22

[3724] 2年前、それから22 忠太郎 投稿日:2008/04/23 (水) 18:01
〔人違い〕
典子から電話があった。ガンで入院していた母親の訃報であった。
健次と裕子の二人で、九州博多まで出向いたが、健次は仕事の都合上、飛行機でその日に帰らなければならなかった。愛も行きたかったのだが、健次のいない現場をしっかりと護ったのである。
典子は、少しやつれた様な顔をしていたが、それでも空港で健次と裕子の顔を見て嬉しそうに微笑んだ。亡くなった母のことは、一月ほど前から、医者に言われて覚悟を決めていたらしい。
「典ちゃん、大変だったわね。気を落さないでね……」
裕子が、典子の顔を見て泣きながら言ったので、つられて典子も泣きながら二人が抱き合った。
「典、悪いけど、俺、どうしても今日戻らなきゃならないんで、裕子だけ残るけど宜しくな。愛も行きたいって言ったんだけど、俺がいなくなるんで残ってもらったんだ。勘弁してくれ」
泣きながら典子が頷いた。

典子の自宅まで、車で15分ほどだった。健次は、安置してある遺体に線香を上げてから、2時間ほど典子の家に居た。
典子の三つ上の姉は、典子と似て器量は良いが、性格は正反対とでも言うか、活発な典子と違ってのんびりとした性格のようだ。おそらく母の事で途方に暮れて典子に相談したのだろう。

健次の飛行機の時間があるので、典子が車で空港まで送った。裕子はそのまま、典子の家に残った。
「典、落ち着いたらまた来いよ」
「愛ちゃんがいれば、いいんじゃないですか」
典子の口調には、少し険があった。だが、健次にはピンとこない。そういうことは至って鈍いのである。
「愛だけじゃ、足りないほど忙しくなってきたんだ。だから、お前には戻ってきてほしいんだ」
典子は、健次の気持ちが泣きたいほど嬉しいのである。姉は来年、結婚が決まっているので、典子はまた健次と仕事がしたい、と願っていた。いや、願っていたのは、仕事だけではないであろう。
典子は健次の目を、瞬きもせずにじっと見つめながら言った。
「所長、わたしが行ったら、また抱いてくれますか?」
健次も典子をじっと見詰めた。典子の目が膨張し、瞬きをすると一筋の流れが頬を伝った。典子が健次の胸に顔を埋めた。待ち焦がれた胸だった。
裕子が、家に残ったのは、久しぶりに、健次と二人だけにしてあげようと気遣ってくれたのだ、と云うことを典子は解っていた。
二人の重なった唇はいつまでも離れなかった。

裕子は、帰りは新幹線で帰ろうと思っていたので、福岡市の繁華街のホテルを予約しておいた。
夕方、ホテルまで典子に送ってもらった。車中、裕子が典子の耳元に口を寄せて
「どうだった。キスぐらいした……」
と囁くように言った。相変わらずの裕子が、典子には無性に嬉しかった。顔を真っ赤にしながら典子は
「はい」
と答えた。
裕子は九州が初めてだった。典子は、明日の通夜の手配やら明後日の告別式のことで裕子をかまっている時間はない。
「裕子さん、福岡の街を案内したいんですけど、家のほうも姉が一人では色々心配なんで……」
「典ちゃん、心配しないで、あたし、一人でぶらぶらするのも結構好きだから」
たしかに、知らない土地でも、人見知りをしない性格の裕子は、すぐに誰かに声をかけたり、また声を掛けられることが多く、忽ち仲良くなってしまうという特技がある。

一旦、予約してあったホテルの部屋まで、典子が荷物を運んでくれた。
典子が帰ってから、ホテルの中で食事をするのもつまらないので、街の中を散策しながら適当な店を見つけようと思いホテルを出た。初めての九州ということもあり、裕子の気分は弾んでいた。
ちょっと派手めのミニのワンピースに着替えていた。結構、目立つ服装ではあった。
少し歩いていくと、ちょっとした公園があり近くにしゃれたレストランがあった。店構えの雰囲気が気に入ったので、その店で食事をしようと店内に入った。
イメージ通りの店だったので、裕子は訳もなく嬉しかった。食事も美味しかった。それにしても、一人で食事するのも味気ないと思った。
“パパがいっしょなら楽しかったのにな……”
そんなことを考えながら、ぼんやりと窓から公園のほうを眺めていると、目立つ服装の女が3人立っているのが目に入った。そこへ高級そうな車が停まり、女が一人だけ車に乗りこむと、すぐに車は走り去った。その後5分くらいして、少し年配のおじさんが女の傍に近づき、別な女が、おじさんといっしょに何処かへいなくなった。
“デートの待ち合わせ場所なんだ”と、裕子は想った。

食事が終り、なんとなく、さっきの女たちが立っていた場所が気になり、ぶらぶらと公園のほうに歩いていた。
“それほど目立つ場所でもないのに、どうしてこんな所で待ち合わせをするのかな……”
そんなことを考えながら、女が立っている近くで、ぼんやりと眺めていた。すると、中年の紳士が裕子のほうへ寄ってきた。裕子も、別に気にする風はなかった。
男は、迷わず裕子に近づき封筒を渡しながら“9時に部屋に来てくれ”といってすぐに立ち去った。
「……???」
裕子は、訳がわからずに封筒を持ったままボーっとしていた。
“誰かと人違いされたのだろう”と思い、封筒の中身を見ると、一万円札が5枚とメモがあった。
メモには、ホテルと部屋番号らしき数字が書いてあった。
ホテルは、裕子が泊まっている同じホテルだったので、戻ってから部屋に届けてあげようと思った。
男が“9時に来てくれ”といっていたのを思い出し、あと1時間だから、買い物は明日にして、もう少しぶらついてみることにした。
立っている派手な女の前を通り過ぎようとした時、いつの間に来たのか、男との会話が聞こえた。
「いくら?」
「2万よ」
「分かった。じゃあ、9時にホテルで待っている。部屋は……」
裕子の頭の中が、漸く回転し始めた。
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