妻と男の物語


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悪魔のささやき18

[4943] 悪魔のささやき18 ナオト 投稿日:2008/10/15 (水) 22:00

「あ、あと10分したら、、本当に帰してください。」
「ああ、約束する。」
「本当に、もう帰らないと、家族が心配するんです。絶対に。」
「大丈夫、嘘は言わないから。その代わり、あと10分はしっかりカウンセリング頑張ってみようよ。必ず効果あるから。」
目は鋭いまま口元をニヤリと歪め、ぶつぶつとクレーターのように肌の荒れた顔を真由香の目前に寄せて言うのだった。

いわゆるフェラチオと呼ばれる行為について、真由香はほとんど無知に近い。
学生の頃、友人とふざけてアダルトビデオで見たことはあったが、モザイクがかかっていたし、あまりまじまじと見たいとも思わなかった。
貴彦の前に一人付き合っていた男性がいたが、その行為はしなかった。
結婚してから初めて貴彦に求められたが、真由香の行為は今眼前で行われているものとはかけ離れた実にたわいもないもので、軽くキスをほどこすような可愛いらしいものだった。

それにしても、同性のこんな顔を見たのは真由香は初めてだ。
頬を異常なまでに凹ませて、吸い込むように首を前後させているルミは、鼻からくぐもった声と熱っぽい息を吐きながら、
時々大田の顔を見上げ、時には首をひねるように、起立した大田のペニスを凄まじい勢いで吸い上げている。
耳に入ってくる音も、例えようもないほど下劣極まりないものだった。
ブチョッ、ブチョッというリズミカルな吸引音や、時にはブブーッというような下品な排泄音にも似た物凄い音をたてている。

暗がりの中でも大田の男性器の凶暴なまでの昂ぶりが見て取れる。ルミは口に含んでいたペニスを今度は舌で舐め始めた。
舐めるといっても、例えば子猫がミルクを飲むような類いのものではなく、それは浅ましいとしか言いようのないもので、大きく覗かせた舌を湾曲させ、
陰部の根元から生き物のようにくねらせてみたり、先端の部分を円を描くように一周したかと思うと、今度は素早く舌を震わせ、節くれだった部分をこそぐようにするのである。

「見てごらん、大田さん、気持ち良さそうだろ?」
矢崎は何度も目を逸らそうとする真由香を、その度にしつこく言い聞かせ、ルミの口技について耳元であれこれ講釈を続けていた。
「真由香ちゃんはこういうこと、汚いと思ってるんだろ?それじゃ駄目だよ。旦那さんが可愛そうだ。」
貴彦が可愛そう?こんな娼婦じみた行為を貴彦が望むとでもいうのか。貴彦のことは分かっているつもりだ。彼はこんなはしたない行為をする女は嫌う。

「男はどんな真面目な顔してても、中身なんてスケベなもんなんだよ。それを奥さんが癒してあげなくてどうするの?」
矢崎の「癒し」という言葉に、真由香はピクリと反応してしまう。貴彦のストレス。癒してあげていると自分では思っていた。
「ほら、大田さんのあれ、すごいだろ?」
ルミの唾液で照りかえったペニスは血管を浮き立たせて脈打つように天井を向き、大田は時々「ふーっ」とまるで温泉にでも浸かったような心地よさそうな溜息をつくのだ。

「最後の試験だ。これでカウンセリングは終了だよ。」
矢崎のその言葉とまるで合わせるかのように、ペニスを頬張ったままのルミが真由香の手を握ってきた。
真由香は戦慄を覚える。ルミが真由香の手を導こうとしているその先が、大田の起立した男性器であることは明白だ。

「大田さんはもうゴール寸前だ。ほんの少ししごいてあげるだけでいい。発射させてあげるんだよ。」
 さも平然と言い放つ矢崎の言葉に、真由香は総毛立った。力を込めて身を固めるが、ルミは強引なまでに真由香の手を引き寄せる。
  1. 2012/12/25(火) 20:12:02|
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悪魔のささやき17

[4923] 悪魔のささやき17 ナオト 投稿日:2008/10/13 (月) 21:26

突然隣りの席から女の泣き声のようなものが聞こえた。真由香が驚いて振り向くと、ソファに座っている男に女は跨り、腰を上下させていた。
スカートを捲り上げて男に背を向ける形で足を開いた女は、男の閉じた膝あたりに手を置き、自ら腰を淫らに揺すって性交を繰り広げているのだ。
仰天しながらも固まってしまった真由香は、相手の男と目が合ってしまう。
三十代半ばくらいの男は淫蕩に爛れた細い瞳をこちらに向けて、口元をニヤリとさせた。慌てて視線を元に戻すと今度は矢崎と目が合う。

「だめだよ、見なきゃ。」とニヤニヤしながら言う矢崎の言葉に血の気が引くのである。
他人の性交をまともに見られるような神経の真由香ではない。
しかし、女の次第に昂ぶっていく喘ぎ声は、いやがおうでも真由香の感情に突き刺さってくるのだ。
女性は同性の喘ぎ声に、自分の感情をシンクロさせてしまう特性を持っていることを矢崎は知っていた。
例えば女性が笑ったり泣いたりするときに、友人同士で手をつないだりする行動は女性特有のもので、感情を共有させてしまう習性があるのかも知れない。

これもまた、矢崎があらゆる悪事や女をこます為に人づてに学んでいったのであり、この男の狡猾さと恐ろしさの一端なのである。
真由香の心に、じっくりと時間をかけて拭い去ることの出来ない染みを作ってやるんだ、という気概のようなものが、そこには存在していた。

「ほら、すごいだろ真由香ちゃん。あんな風に腰を使うと男性は悦ぶもんなんだ。」
矢崎はまるで講師さながらに、因果を含めるような口の聞き方をする。
自分が上になって男を責めることだってちっとも恥ずかしいことじゃない、などと講釈をつけながら、見てごらんあの起ちよう、と見事に起立させた男の物を自慢げに指差すのだ。

ふと気づくとルミという女が見当たらない。トイレにでも行ったのか。その時、なにか隣りの大田の様子がおかしいことに気がついた。
何ということか。ルミもいつの間にか大田の足元で、露出させた大田のペニスを頬張っているではないか。
身体に電気が走ったようにビクリとした真由香は思わずのけぞり、その拍子にガラステーブルがひざに打ち付けられ、カクテルグラスが倒れた。
慌てて立ち上がろうとした真由香だったが、左側から矢崎が割り込むようにソファに座ってきて、真由香は大田と矢崎の間にサンドイッチされるような形になった。

「帰してくださいっ!」
真由香は強い口調で矢崎を睨みつける。なおも立ち上がろうとする真由香に、突然矢崎は驚くほどの大きな声を出した。
「いいかげんにしろっ!」
その声の大きさに、さっきまで隣りで喘ぎ声を出していた女も一瞬静まり返った。
真由香は目を丸くして、恐ろしい形相で睨んでくる矢崎に身をすくめている。
すると今までルミの口技に身を任せて恍惚としていた大田が、横からやんわりと口をはさんだ。

「おい、天城くん、穏やかじゃないね。女性にはもう少し優しく接してあげなきゃ駄目じゃないか。」と柄にもない言い方をすると、今度は真由香に向かい、
「真由香ちゃんも安心していいよ。ご主人にはこんな店来たことは黙ってるから」などと言うので、真由香は寒気がした。
自分達がこんな店に連れてきておいて何を言っているのか。これでは遠まわしで脅されているようではないか。

一方の矢崎はヘラヘラ笑いながら、まるで上司にゴマをする情けない平社員のような雰囲気で「い、いや、ハハハ、すみません。これは失敬しました。」と大田に謝ると、真由香に向かって今度は優しく諭すのである。
「いいかい、真由香ちゃん。これは君のためにやってるんだ。いや、もっと言えば旦那さんのためでもある。あと少し、そうだね10分でいい。我慢しようよ。」

ここに来てようやく真由香はこの男の本質を見た気がした。いくら酔っているとはいえ、気づかない真由香ではない。
さっきの矢崎の形相。うっかり覗かせてしまった矢崎の裏の顔に、真由香は目が覚めたのである。
人間のあんな恐ろしい顔と声は、真由香は生まれてから目にしたことはなかった。
この男は信用出来ない。たとえ鑑定士として一流であろうと、もう関係ない。
用心しなければ。とにかく家に無事帰ることが第一だ。酔った頭で、しかし真由香は冷静に対処を考えた。
  1. 2012/12/25(火) 16:45:08|
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悪魔のささやき16

[4887] 悪魔のささやき16 ナオト 投稿日:2008/10/10 (金) 21:31

貴彦が電話に出ないなんて珍しい。
いや、真貴を寝かせつけて、きっとお風呂にでも入ってるんだ。あるいは疲れてうとうとしてるのかも知れない。
案外わたしが外出してても気にならないのかな?真由香は少し寂しくなった。
「どうしました?ご主人と繋がりませんか」
「いえ、、手が離せないみたいです、、」真由香が嘘をついているのを見透かすように矢崎はニヤリと笑みを浮かべると、ふいに真由香の手を取った。
「何するんですかっ?」仰天してその手を振り払おうとするが、矢崎は離さない。

「奥さん、運命というものを信じますか?」何を言い出すのだ。
「離してください、何なんですかっ」
「運命では、ご主人とは別れることになりそうです」
(えっ?!)瞬間、真由香は全身が凍りついたように固まってしまった。
「しかし、運命を変えられないなら、私たちの仕事など意味がありません」

真由香の瞳は今にも涙が落ちそうに潤んでいた。
「貴女の顔を見たとたん、リラックスしたご主人の顔が浮かんだんです。これは良いことなんですよ。さ、場所を変えて、もう少しカウンセリングを続けましょう」


真由香はかなり酔っていた。
中華料理店を四人で出て、どこをどう歩いたのか、気がつくと雑居ビルの中の小さな店に入り、ボックスの席に座っていたのだった。
薄暗い店内には同じようなボックスの席だけで占められており、天井からはミラーボールが妖しく回っている。
真由香は紅茶を注文したつもりなのだが、出てきたのはカクテルグラスが四つ。
よく見るとどう見てもここは喫茶店などではない。窓もないし、スナックのようだ。
まあいい。真由香は深く考えるのが面倒になってきていた。

ここに来てからは打って変わって三人は寡黙だ。
矢崎とルミという女性の様子も、さっきまでのふざけてイチャついている感じとは違い、何か淫靡さが漂っているのである。
矢崎の耳に女が口を寄せ、ひそひそ話をしたり、クスクスと笑いながら真由香を二人で見つめたりもする。
最初は気づかなかったが、目が慣れてくるとボックス席には他にも何人か座っているのに気づいた。

どこも不思議とカップルばかりだ。隣の席から何やら妙な気配を感じた。
ゆっくりとそちらに真由香は目を移す。暗いのでよく分からないが、男性がソファに座ったまま、顎を上に向けて天井を見ている。
次の瞬間自分の目を疑った。男性の足元に女性がひざまづいていたのだ。
女性の顔は前後に揺れていて、ピチャピチャと何か卑猥な音が聞こえる。こういった事に知識のない真由香でも、女性が何をしているのか理解するのに時間はかからなかった。

ズボンのベルトを外し、股間から突出させている男性器を女は口内に出し入れしていた。
慌てて目を逸らした真由香は大田に抱えられていた腰を強引にすり抜けて、
「か、、帰らせてもらいますっ」と、席を立とうとする。
しかし、足元がふらついてすぐにテーブルに手をついてしまった。
「真由香ちゃん、これもひとつの勉強だと思わなきゃ。」
矢崎がすかさず声をかけた。中腰でテーブルに手をついたままの真由香の両肩を優しくささえ、うつむいた真由香の顔を下から仰ぐように見ると、
「こういうところで頑張らなきゃ、いつまでも変われないよ。」
と、ふいにカウンセラーに戻った顔でささやくのである。

いつまでも変われない、という矢崎の言葉に真由香は自分が今ここにいる理由を思い出す。
しかし、ここはいったいどういう店なのだ?本当にこれがカウンセリングなのか。
確かに占い師としては有能かも知れないが、この男は本当に信用出来るのかという疑問も、用心深い真由香の頭の中には残っていた。

矢崎の腕でソファに再び腰を下ろされた真由香は、隣りの席からは目を背けたまま、自分の気持ちを落ち着かせようと深呼吸する。
「ここはカップル喫茶といってね、セックスレスの夫婦や、マンネリ気味のカップルが刺激を求めてやってくる場所なんだよ。これも社会勉強のひとつだと思って見ておいて損はないから。」
矢崎が言うと、大田は真由香に身体を寄せ、
「そうそう、これくらいの免疫つけとかないと、お店に来る悪い男を捌けないよ。」
などと、分かったような分からないようなことを、真由香の手を握りながら嬉しそうにささやくのである。

  1. 2012/12/25(火) 11:04:04|
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悪魔のささやき15

[4862] 悪魔のささやき15 ナオト 投稿日:2008/10/08 (水) 20:35


「あ、あの、、あたし一応結婚してるんで、、」真由香が困り果てた表情で言うと、
「何中学生みたいなこと言ってるの?無礼講だよ、真由香ちゃん」と矢崎が意地の悪そうな笑みを浮かべる。
「ずるいわよ、真由香ちゃん。ほらブチューってやってよ!」ルミは口を尖らせて言う。
すると隣の大田が、まあ、まあ、と場を静めながら
「最初だからオマケしてあげようよ。これなら言えるだろ」と言って耳打ちしてきた。

その言葉は聞いたことはあるが、よく意味が分からなかった。真由香は開き直って口にする。
「ま、まつばくずし、、」
いっせいに三人がゲラゲラと笑い出した。
「へえー、真由香ちゃん、好きなの~?、松葉崩し」とルミが嬉しそうな声で言った。
「いやあ意外だなあ、真由香ちゃんが本当に言うとは思わなかったよ」
大田もわざとらしく驚いた表情を見せるのだ。


洗面所の鏡に映った自分の顔を真由香は見ていた。アルコールのせいでかなり赤い。
この店に入ってどれくらいになるのだろう。自分がなにか薄汚れたような気分だった。
身体から煙草の匂いと、大田の男臭い匂い、そしてもうひとつ別の匂いも染み付いている。真由香はハンカチを絞って身体を拭いた。足元がふらつく。

矢崎の提案した「下ネタしりとり」は、全て真由香が負けた。
矢崎は意地悪く「キ○タマ」、「イラマチオ」、「鈴口」などと、真由香には無縁の品性下劣な言葉を振ってきた。
そしてその度、隣の大田が「オマ○コ」、「マ○コ」、「チ○ポ」と耳元で囁くのである。
罰ゲームは耐えられないものだった。

頬でいいから、と言われてもいつまでもキスをためらっている真由香に、矢崎が出した二者択一は「春巻きキッス」である。さっき矢崎とルミが行った破廉恥な行為だ。
これだけは出来ない。唇は貴彦だけのものである。
「これも勉強だよ」真由香にだけ聞こえるように、暗にカウンセリングであると伝えられると、
酔った勢いにまかせ、真由香はしかめっ面で目を閉じ、大田の頬についにキスしたのである。

二度目の罰ゲームは「大田の股間を触る」。冗談ではないと再び拒否すると、またもや「春巻きキッス」を持ち出された。
涙目になっている隙をつかれて、大田が強引に真由香の手を自らの股間に押し付けた。
大暴れした真由香だったが、2~3秒は押さえつけられたままだった。
そして三度目ついに、「春巻きキッス」を出してきた。再度迫られる二者択一は「ルミと女同士のキス」。
迷わず後者を選んだのだったが、このキスがとんでもないものだった。

ルミという女は真由香の顔を両手で挟むと、初めこそ優しく唇を合わせていたが、しだいに舌で真由香の唇をこじ開け、舌を無理やり押し込んできたのだ。
抗う真由香の背中をがっしり大田に支えられ、前からは乳房を押し付けながら遮二無二舌を侵入させるルミに、
真由香はありったけの力でルミの手をほどき突き飛ばすと、逃げ込むようにしてトイレに駆け込んだのである。

もう帰ろう。うんざりだ。
大田の中高年特有の整髪料の匂い。それに混じってルミという女のツンとするきつい香水の匂いも身体に染み付いたままだ。
左手には大田の下半身の感覚も残っている。その股間は異常なまでに硬化していた。
ふたたび手をゴシゴシ洗う。
景色が回っているように見える。相当酔っていた。時計を見るとすでに7時半を回っていた。
真貴はもう眠っただろうか。早く貴彦の声が聞きたい。

ふらつく足でトイレから出ると、そこに矢崎が立っていた。真由香はギョッとしたが、怒りを込めた表情で言い放った。、
「あたし、もう帰らせていただきます」
矢崎は何も言わず、じっと真由香の目を見ていたかと思うと、いきなり真面目な声で言った。
「ご主人に電話してごらんなさい」
何を言い出すのか?真由香が不思議そうな顔をしていると、
「おそらくご主人は今、リラックスされている。それだけでも今日のカウンセリングの意味がありました」と言うのだ。

矢崎の言葉に真由香は無性に腹が立った。自分がいなくて貴彦がリラックスしている?
ふざけないで欲しい。
さっきから真由香は貴彦の声が聞きたくてしょうがなかったが、我慢していた。
いつもと違う自分のような気がして、貴彦と話すのが何となく怖かったのだ。しかし、矢崎の言葉にそんな気持ちも吹き飛んだ。
矢崎に見せつけるように、今から帰ります、とキッパリ言うつもりで携帯のボタンを押した。

呼び出し音が鳴る。一回、二回。
虚しくコールが繰り返された。
貴彦は電話に出なかった。
  1. 2012/12/25(火) 06:42:04|
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悪魔のささやき14

[4849] 悪魔のささやき14 ナオト 投稿日:2008/10/06 (月) 18:43

「ところで真由香ちゃんは出身はどこなの?」
真由香と大田の様子を嬉しそうに見ていた矢崎が声をかけた。
真由香は一瞬迷ったが、金沢であることを告げるとふたりは顔色を変え、今まで以上に馴れ馴れしくなった。
金沢のどの辺り?とか、あそこの店知ってる?とか、懐かしい話題を振ってくる。

真由香も故郷の話になるといくらか気持ちが和む。酔いも手伝ってさっきまでの不快な気分も少しは回復していった。
たまたま何かの会合で知り合った大田と矢崎は、同郷ということもあり、その後矢崎が色んなアドバイスを送るようになったのだと言う。
大田までが金沢出身というのは驚きだったが、同郷のよしみで今日は楽しくやりましょうよ、と言う二人の言葉に、真由香の警戒感もいくらか緩和された。
料理の味も少しは分かるようになってきた頃、矢崎が突然、高いダミ声で言った。

「ゲームでもしようか?」
「ええ?どんなゲーム?」ルミという女がすかさず問いかける。
「しりとり。」と言った矢崎に向かって大田は、おいおいいい年してしりとりはないだろう。
と呆れた笑顔で返す。
「そうよ、つまんない。王様ゲームにしようよ。」ルミも口を尖らせて言うと、矢崎はただのしりとりじゃない、と言って、
「下ネタ言葉しりとり!」と真由香の顔を見ながら言うのだった。

「そりゃ、面白い!」「さすが先生だわぁ」歓声をあげる二人とは対照的に、真由香は眉をひそめて表情を曇らせた。
矢崎の事務所で、下ネタも苦手でしょ?と言われたことを思い出した。これもカウンセリングなのか。困った。
「答えにつまったら、罰ゲームだね。」直前の人の言うことを聞く、いいね?
「賛成!」大の大人がまるで中学生の餓鬼さながらに盛り上がっていく。

それじゃ、まずは僕から、と矢崎が得意げに先陣を切った。
「フェラチオ!」
高級中華料理店であることを忘れたかのような、聞くに堪えない矢崎の発した卑語に真由香は身体が凍りつくようだった。次の番は真由香である。
「お、だよ。真由香ちゃん。」大田が耳元で嬉しそうに言う。
頭が真っ白だ。だいたい下ネタなんて何も出てこない。
「お、なんて一番いっぱいあるじゃない、ふふふ。」ルミがいやらしく笑いながらせきたてる。

真由香は必死に考える。お、お、、。ふいに大田が真由香の耳元に囁いてきた。とたんに真由香はさーっと血の気が引く。
もちろん真由香もそれくらいの言葉は知っているが、今まで口にしたこともないし、真由香の周りにもそんな下劣な言葉を発する人間はいなかった。
大田が囁いた「おま○こ」などという卑語は死んでも言いたくない。
「さん、にい、いち、、」矢崎がカウントダウンするギリギリのところで、
「お、おっぱい」と何とか真由香は口にした。しかし、安心したのもつかの間だった。

「陰核」→「クリトリス」と来て、今度は矢崎が「スペルマ」と振ってくる。
「ま、、」この手のボキャブラリーが真由香に豊富な訳がない。だいたい、「いんかく」の意味すらよく分からなかった。
再び待ってましたとばかり、大田は横から教えるのである。
さっきの四文字の卑語から一文字抜いただけの「ま○こ」。どこまで品のない男なのか。
頭をめぐらすが、ついに浮かんでこない。

「ブーッ!はい、時間切れ~。罰ゲームは僕からだよね。」矢崎が満面の笑みで少しの沈黙の後、
「左側の人にキス!」と言い、真由香が引きつる。
「うっひょー!」大田がとても五十過ぎの男とは思えないような奇声をあげて喜んだ。真由香の左は大田である。
「おーまかせ!おーまかせ!」高級中華料理店の個室にありえない掛け声が響いた。
  1. 2012/12/24(月) 19:59:22|
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悪魔のささやき13

[4834] 悪魔のささやき13 ナオト 投稿日:2008/10/03 (金) 22:35

こんな高級料理を食べるのはずいぶんと久しぶりだった。これが、貴彦と真貴と三人ならどれだけ美味しいことか。
テーブルの上の伊勢海老や、鱶鰭のスープ。燕の巣といった高級料理を眺めながら、真由香は貴彦たちが今晩何を食べたのか、そればかり考えていた。
味がほとんど分からなかったのは、他にも理由がある。
さっきから大田がやたらベタベタと真由香の身体を触ってきているのだ。

初めはふざけて手を握ったり、肩に軽く手を回したり程度だったのだが、真由香が何も言わないのをいいことに、だんだんと露骨になってきている。
腰のあたりから、臀部にすっと降ろしてみたり、太ももに乗せた手を内側に軽く滑らせたりもする。
一方向かい側では、天城…矢崎にしなだれかかるように寄り添った女が胸を押し付けたり、箸で矢崎の口に料理を運んだりと、場末の飲み屋のような品の無さだ。
矢崎と大田の会話も実にくだらない内容ばかりで、競馬で大穴を当てた話や、どこかの三流芸人が自分と遠縁に当たるだの、果ては東南アジアの女性の性癖を大笑いしながら語ったり、
聞いているこちらが恥ずかしくなるほど低俗で、早くこの場から解放されたい気持ちで真由香はいっぱいだった。

「どうしたの真由香ちゃん、飲みが足りないな。」
大田は酒臭い息を吐きかけながら、真由香のグラスにビールを注ぐ。家ではコップ二杯で充分な真由香もすでに大分酔ってきていた。
これ以上はやめておいたほうがいい。
「いえ、私はもう十分なんで、、」やんわり断る真由香だったが、ビール瓶を差し出したまま
「ほら、ぐいっと。」とグラスを空けるのを促されると、しかたなく喉に押し込むしかなかった。

「真由香ちゃんはまだまだ素人なんで、大田さん色々教えてあげてくださいよ。」
矢崎は大田に向かってそう言うのだが、眼鏡の奥の鋭い目は真由香に向けられている。
「いやー、そうだったね。社交場でのマナー、これから覚えていかなきゃね。」
大田は嬉しそうに言いながら真由香の手をそっと取ると、自分の太ももの上に乗せる。

「だめよ、真由香ちゃん、もっと寄り添ってあげなきゃ殿方に失礼よ。」
矢崎の隣りの女がふいに真由香に声をかける。矢崎の身体にいっそう乳房を押し付けるように密着すると、片手で箸に春巻きを取り、矢崎の口元に持っていく。
「ねぇ真由香ちゃん、私みたいにやってみて。はい、先生アーン、、」
女の差し出した春巻きを矢崎は嬉しそうに頬張る。
「だめよ先生、まだ食べちゃ。ルミにも半分ちょーだい。」と言うと、矢崎の口から半分飛び出したままの春巻きに女は口を付けるのだ。
まるで王様ゲームでポッキーを両側から食べる要領で、二人の唇が触れ合い、ケラケラと笑い合っている。

真由香は唖然とした表情でそれを見つめながら、恐怖心のようなものが湧き上がるのを感じていた。
普段の自分の生活とはまるでかけ離れた破廉恥で不快な空気。何か悪い夢を見ているようだった。
大田が真由香の肩を引き寄せて、ルミという女性と同じように密着させるに至って、ついに真由香は我慢ならなくなり、立ち上がろうとした瞬間、矢崎が言葉を発した。
「そうそう、真由香ちゃんの旦那さんは広告代理店に勤めてるんだよね。」

えっ?という表情で真由香は矢崎を見る。何故そんなことを暴露するのだ。
「ITVエージェンシーだっけ?あまり営業が上手くいってないんだよね。大田さんに協力してもらったらどう?」
真由香はうろたえた。社名まで出すとは何という無神経さだ。矢崎を睨むとニヤニヤしたまま煙草を口にくわえている。ルミがしなを作って火をつけてやる。
「へえ、ITVさんですか。うちはあまりご縁がなかったんですが。なるほど、このご時勢ですから、営業さんも大変でしょう。」
大田は腕で真由香を自分に密着させておきながら、さも紳士ぶった声で言う。

「大田さんでしたら、口利きのひとつもお出来になるんじゃないですか?あ、ちなみに、旦那さんにはスナックに勤めてるのは内緒みたいなんですが」
矢崎の無遠慮で大きなお世話に、真由香は怒りが込み上げてくる。すると大田は矢崎を諭すように言った。
「いやいや、天城さん、分かりました。これも何かの縁でしょうし」
大田は優しげに言うと、自分の太ももに乗せられた真由香の手に、そっと手を重ねながら、ぜひ一度大田を訪ねるようご主人にお伝えください、と言うのだ。
「いえ、あの結構です。あたし、そういうつもりじゃ…」真由香はあわてて断る。

矢崎には強かな計算があった。いくら貴彦の為とはいえ、破廉恥な大田の力を借りようなどとは真由香は思わないだろう。そういう女性であることは見抜いていた。
それよりも矢崎の目的は別のところにあった。
貴彦と大田の接点をチラつかせることによって、真由香はいやでも嘘を突き通さなければならなくなる、と読んだのである。
いくらカウンセリングという口実があるにせよ、スナックの店員を演じていたことなど、真由香は貴彦に知られたくないはずだ。
おそらくこれで真由香は、この茶番に最後まで付き合わざるを得なくなるだろうと、矢崎は余裕綽々でビールをゴクゴク飲み干すのである。

  1. 2012/12/24(月) 16:57:41|
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悪魔のささやき12

[4814] 悪魔のささやき12 ナオト 投稿日:2008/10/01 (水) 18:38
mmさん、真夏の夜の夢さん、武蔵さん、ジャンクさん、まことさん、ロッキーさんありがとうございます。
色んなご意見があり、嬉しく思います。自分で書いていながら、辛くなるときがあるのが不思議です。


新宿の繁華街のビルの最上階にある中華料理店に、真由香はいた。
結構高級な店のようだ。夕暮れの街が見下ろせる窓際の席ではなく、真由香たちは奥の個室に通された。
高そうな陶器などが飾ってあり、調度品も格式のある雰囲気である。
しかし、真由香は店の雰囲気に感心するどころではなかった。
相手の男性はすでに席についていたのだが、その傍らにはいかにも水商売風の女性が座っていたのである。

男性は五十代後半、恰幅のいい大柄な身体で赤ら顔。オールバックにした頭には白いものが混じっている。
目ははれぼったく、唇の厚さが目立つ。薄いグレーの背広に赤系のネクタイ。腕にはマグネットリングと金色のブレスレットが見えた。
ホステス然とした女は三十代前半か。細身だが大きな胸が、白地に柄の入ったブラウスを押し上げている。
黒のタイトミニにややダークな色合いのストッキングが、妖艶さを際立たせていた。顔は離れた切れ長の目に、少しエラが張っていて化粧が派手だ。

ここに来る途中、真由香は矢崎にあることを指示されていた。
「今日はカウンセリングを兼ねた食事です。私の会話に合わせることを約束してもらえますか。」
真由香は意味も分からず、うなずくしかなかった。
「いやあ、天城さん、これはまた別嬪さんをお連れで。どうも初めまして、私はこういう者です。」
男は名刺を真由香に差し出した。
『パシフィック電器株式会社 開発本部長 大田司郎』

パシフィック電器?真由香は仰天する。しかも肩書は部長である。瞬時に真由香の頭に浮かんだのは貴彦だった。
業界最大手のパシフィックの、主にマーケティング戦略において、その大半を請け負っているのが、
貴彦の会社ITVエージェンシーのいわばライバルとなる広告代理店である。
しかし、それよりも真由香を驚かせる言葉が矢崎の口から飛び出した。

「こちら真由香ちゃん。行きつけのスナックで働いてるんですが、一応人妻さんです。」
引きつった顔で矢崎に驚きの目を向けるのを気にも留めず平然と言葉を続ける。
「久しぶりの大田さんとの会食に、女の子の一人も連れてこないと失礼に当たると思いまして。
まだ勤め始めたばかりなんで素人同然なんですが。ね、真由香ちゃん。」
何かを促すようなニヤついた顔で矢崎は真由香を見つめる。
真由香は石のように体が固まってしまい、何かを言おうとしても言葉が出てこない。
女の子、という表現に身震いがした。

「ほう~っ、どおりで初々しいはずですな。どこから見ても普通の奥さん、いやお嬢さんといってもいいくらいの方だ。」
大田という男は赤ら顔に笑みを浮かべながら、舐めるような視線で真由香をじろじろと見つめた。
「ほら、ご挨拶くらいしなきゃ。」
矢崎は身体を少し寄せ、真由香の太ももをポンポンと軽く叩く。何か急に馴れ馴れしさを増した矢崎の態度だ。
これがカウンセリングだというのだろうか。
真由香は混乱した頭で腑に落ちないまま、それでも上手く演じてこの場を切り抜けねばならない、という責任感のようなものが先に出てしまう。
こういうところが真由香の律儀な性格なのだろう。
ここで拒んでいたら、わざわざ貴彦に嘘を言ってまでやって来た意味もなくなる。

「ど、どうも、初めまして。」
「大田です。よろしくね~。」
黄ばんだ歯を見せてニンマリと猫なで声を出す大田に、ちらりと目を向けたのだが、真由香は自分のことを「真由香です」などとは言えなかった。
ほどなくビールが運ばれると、大田の横に座っていた女が矢崎の隣りに席を移動してくる。
女は矢崎に必要以上に身体を寄せて、媚びた目で微笑みながらビールを注ぐのだ。
自分の立場を否が応でも理解させられた真由香は、後悔の念が一気に湧き上がる。

目配せするように矢崎がこちらに目をやる。真由香は困り果てた風情でビール瓶を手に取るのだが、その指先は震えていた。
六人掛けのテーブルの向かいに座る大田のグラスに身を乗り出そうとする真由香だったが、大田は自分の隣の席を叩きながら、
「真由香さん、さ、こっちこっち。」と、えびす顔で手招くのだった。
  1. 2012/12/24(月) 11:36:54|
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悪魔のささやき11

[4796] 悪魔のささやき11 ナオト 投稿日:2008/09/29 (月) 21:27

明日の企画会議用の資料をまとめながら、貴彦は自らの動悸の激しさを感じずにはいられない。数分前の真由香の携帯電話での一言を思い出していたのだ。
「偶然友だちと会って、外で食事することになったの。」
真由香が当日になって家を空けるなどというのは、結婚以来初めてだ。真貴は貴彦の実家に預けているらしい。今日は朝からずっと仕事にも身が入らなかった。
実は昨日の夜、矢崎からメールが届いていたからである。

『奥さんから電話がありました。二度目の鑑定を明日行います。
とりあえず何とか食事まではこぎつけようと思ってます。お楽しみに^^』

今朝、真由香は正直に貴彦に鑑定に行くことを伝えてきた。やはり真由香はこういう女性なのである。
どんな些細なことも貴彦には全部話す。あらためて愛しくなった。
そんな真由香が食事の誘いなどに乗るわけがない。ましてや、あの矢崎の誘いになど。
しかし、そんな浅はかな自信はあっさり裏切られた。しかも真由香は嘘をついたのだ。
友人と食事をすると、あの真由香が嘘をついた。いったい矢崎はどうやって真由香を誘ったのか。きっとでたらめな嘘を並べたに違いないことは容易に想像できる。

「お先失礼しまーす。」
後輩の若い社員が、貴彦の横を退社の挨拶をして通り過ぎても、生返事するだけだった。
昨日の矢崎からのメールには、もうひとつ重要なことが書かれていた。

『ひとつ提案があるんです。
奥さんとのセックスですが、あと一週間だけ我慢してもらえますか。
その間に僕が落とせなかったら、キッパリあきらめます。このゲームは終わり。
そのかわり落とすことが出来たら、ご主人は僕の許可無しで奥さんとはセックスさせないつもりです。どうですか、この賭けに乗りますか?』

衝撃的な提案だった。一週間?あと一週間で真由香を落とせるとでも言うのか。いったいどこからそんな自信が湧いてくるのだ。
貴彦はすぐさま矢崎にメールを返した。きっとレイプでも考えているだろうと思ったからだ。それはルール違反だ。
矢崎はすぐに返信してきた。

『奥さんを落としたら、、ということです。つまり合意の上のセックスです。
奥さんが嬉々として私を受け入れてくれたら、その証拠はビデオにでも録画しますよ。
それなら文句ないですよね?レイプはしませんからご安心を^^』

人を小馬鹿にしたような矢崎の提案に、ついに貴彦はまんまとオーケーしたのだった。
真由香が嬉々としてなど、そんなことあるものか。
許可無しで真由香を抱けない、、それこそ正気ではいられないだろう。

時計は午後6時を回っていた。7Fのオフィスから見えるビル群にオレンジ色の陽がキラキラ反射している。真由香のいない食卓がふいに浮かんでくる。
一人、また一人と退社していく中、貴彦はぼんやりとデスクで足を投げ出していた。
言いようのない焦燥感とともに、下半身が硬直しているのを感じながら。
  1. 2012/12/24(月) 06:55:35|
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悪魔のささやき 9

[4755] 悪魔のささやき 9 ナオト 投稿日:2008/09/24 (水) 16:23
火曜日、都内の貴彦の実家に真貴を預けて、真由香は新宿にやって来ていた。
天城蒼雲のところへ行くのは迷っていたのだが、やはりどうしても気になった。
貴彦について何か為になることならば、聞いておかなければならない。それに、最近貴彦の漏らした言葉も気になっていた。
「新規の営業が取れなくて困っている。」
貴彦が仕事上の悩みを真由香の前で言うのは初めてだった。何か貴彦の力になってあげたい。夜の生活がしばらく無い不安も、心の片隅にはあった。

約束の時間は午後の5時だ。もう少し早くしてもらえないか、真由香は天城に頼んだのだが、この時間しかないのだと言う。
5分前に着いた真由香がドアをノックすると、前回と同じようにダミ声が返ってきた。
「どうぞどうぞ、すみませんね、お時間とれなくて。」
天城は、主婦の方をこんな時間に呼び出して申し訳ないと、真由香をソファーに手招きする。
前回とは違い、作務衣姿ではなく、普通の格好だった。白のポロシャツに紺のズボン。
腕に金色のロレックスが光っていた。

「よろしくお願いします。」真由香が緊張した顔でそう言うと、
「まあ、そう硬くなさらず。暑かったでしょう。」とためらいもなく、真由香の手を握る。
一瞬ビクリとする真由香だったが、これが鑑定の仕方であることを思い出す。
「佐々木真由香さんでしたね。」
「はい。」
天城は握った真由香の手の平に少し親指を滑らせながら、じっと目を見つめてくる。
何か悪寒のような物が走り、心を落ち着かせようと真由香は必死だった。
「ご主人の件ですが、今のままですと、ちょっと心配ですね。」
「ど、どう心配なんでしょうか?」真由香の表情に不安が広がる。
「背筋を伸ばして、目を閉じてください。」真由香が従うと、天城はゆっくりその背後に回る。

天城、、いや、矢崎は真由香を背後から見下ろし、少し顔を近づけて、気づかれないよう大きく息を吸い込んだ。
七月の午後、ここに来るまでに当然汗をかいたであろう真由香の首筋から仄かに漂う人妻の香り。柑橘系の薄いコロンと混じって、恥ずかしげにフェロモンを漂わせている。
真由香の両肩に手を置く。柔らかい栗色の髪が、矢崎の芋虫の様な指をくすぐる。
白のノースリーブのブラウスに、くるぶしが見える八分丈のベージュのスキニーパンツ。
まだまだ、女子大生でも通用するような真由香だが、足元のスニーカーが健康的な若妻といった清潔さをかもし出している。

真由香は後ろの矢崎が気になって仕方なかった。
気のせいか、鼻息がかかっているような気がする。自分の脇の下を汗が流れるのを感じた。
沈黙が耐えられなくなる寸前のところで、背後の矢崎は喋りだす。
「ご主人は相当ストレスが溜まってらっしゃるようです。仕事にも影響が出てるのではないでしょうか?」
真由香は貴彦の言葉を思い出す。その通りだ。
「何か思い当たることはありませんか?」
「、、はい、、実は最近、あまり仕事がうまくいってないみたいです。」
矢崎はその言葉を当然のように聞き流し、肩に乗せた手をゆっくりノースリーブの二の腕に下ろす。しっとりと真由香の肌は吸い付くようだ。真由香がぴくりと動いた。
(可愛いぞ、真由香)矢崎は心でそう呟きながら、つとめて冷静な声で言った。
「やはり、そうですか。ご主人は失礼ですがご職業は?」
「広告代理店で営業をしています。」矢崎は口元に笑みを浮かべながら続けた。
「ははあ、というとITVエージェンシーですね。チケットを配りましたから覚えています。営業ですか、成績が伸びないとか?」
「はい。仕事のことはあまり口にしない人なんですが。」

矢崎はニンマリしながら、釣り糸にかかり始めた獲物を逃すまいと気を引き締める。
「前回も少しお話しましたが、奥さんの性格がかなり関係してますね。」
自分の性格が?夫のストレスに自分の性格が関係してるのか?真由香は動転する。
「ど、どういうことでしょうか?」
矢崎は大胆に真由香の髪を手で優しくすくい、真由香のうなじを露わにした。
「ごめんなさいね。」そう言いながら、うなじをなぞるように、指先で撫でる。
「ほら、前回も言ったと思いますが、奥さんは真面目すぎるくらいなんです。」
矢崎の指は、うなじから耳たぶの裏側にも移る。
「すみません、ちょっと、くすぐったいです。」真由香はさすがに体勢を前にずらし、
笑いながらだが、少し低い声で矢崎に告げた。女性に対し、あまりに無遠慮すぎる。
すると、意外にも厳しい声が返ってきた。
「姿勢をくずさないでください。波動が乱れるので。」
「あ、、す、すみません。」逆に真由香が謝ってしまう。

(耳が感じるみたいだな。赤く上気して)まるで美容師のように、堂々と真由香の髪を束ねると、今度は逆の耳も優しく撫でてやる。今度は真由香はじっとしていた。
「夜の生活も相変わらず無いようですね。」
矢崎は耳たぶの裏側から、襟足にそって指で優しくなぞってあげながら、実に事務的な声で問いかける。
真由香は何ともいえぬ不快な空気が嫌だった。努めて明るく笑いながら返す。
「そーなんですよ。オジサン化が始まっちゃったのかも知れないです。ハハハ。」
冗談めかした言い方が、矢崎にしてみればかえって可笑しい。真由香の体温の上昇をしっかり確認しながらほくそ笑むのだ。
(感度は悪くない。子ども産んでるくせに、ウブなところもたまらんな)
矢崎は手を離し、ふたたび真由香の向かい側に座った。

「ちょっと厄介ですな。」
真由香は不安いっぱいの表情で、次の言葉を待つ。
「はっきり言いますね。奥さんの生真面目で固すぎる性格が、旦那さんを無理させているのです。それがストレスとなって、自然とセックスも遠ざかってきています。」
ショックだった。真由香は自分の性格が夫を苦しめているなど、到底信じられない気持ちでみるみる瞳に涙が浮かんでくる。もちろん所詮は占いのことだから、全て当たるわけではないと分かっている。
いつもの真由香なら占い師にこんなこと言われても毅然として、決して己を見失ったりはしない。だが、真由香は天城蒼雲のあまりの鑑定力の凄さにすっかり仰天してしまっていた。占いではなく、真実を聞いている気分だったのだ。
「今はまだいいんですが、この先、二人の間には必ず溝が出来てしまいます。」
矢崎は真由香の動揺を楽しみながら、たたみかけるように口から出まかせを続けた。
  1. 2012/12/23(日) 20:46:56|
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悪魔のささやき8

[4746] 悪魔のささやき8 ナオト 投稿日:2008/09/22 (月) 18:34
ご無沙汰しております。あと10回ほど…。


土曜日の午後の百貨店の賑わいをぼんやり見つめながら、貴彦はわが子を抱きかかえて
ぐったりと、ベンチに腰掛けていた。真貴は疲れて貴彦の腕で眠っている。
家ではたまに、おむつの交換も貴彦がするときがあるが、今はそんな気力もなかった。
頭の中は、真由香と矢崎のことでいっぱいだった。あれから40分を過ぎようとしている。
矢崎は真由香に何を話しているのか。考えるだけで、貴彦の胸は初恋のときのようにきゅんとするのである。
「お疲れーっ!」
ふいに人混みから聞きなれた声が響いた。真由香がにっこり立っていた。
「ちゃんと、お守りできましたか?パパ。」
何ともいえぬ安堵の表情を浮かべる貴彦の腕から、「真貴ちゃんは、ねむねむでしゅかぁ」と娘を抱き上げる。
「あ、おむつ替えなきゃだよ。ちょっと貴ちゃん、待ってて。」
娘を抱いて足早にトイレに向かう真由香に、貴彦は女性のたくましさをしみじみ感じていた。

「霊媒鑑定って、あんな凄いって思わなかった。」
帰りの電車の中で、貴彦は真由香の話に聞き入っていた。
実際は一語一句聞き逃すまいと集中しながらも、大して興味なさそうに相槌を打つ。
「あたしの読書の趣味まで当てるんだよ。」
どくん、と心臓が鳴った。
矢崎が貴彦に様々な質問をした意味は薄々感じてはいたが、実際にこうして矢崎の作戦に見事に利用されていることが分かると、言いようのない焦りを感じる。
「肩とか手とか、触ってね。」
「え?」
「身体に触れると、何か伝わるのかも知れない。よく分かんないけど、なんでも見透かされてる感じで、ちょっと恐かったよ。」
「身体に触ったのか?」
思わず貴彦の声が上ずり、真由香は笑う。
「どうしたの、貴ちゃん。顔、こわいんだけど。」
矢崎と真由香が、例えほんの少しであれ、触れ合ったという事実。おそらく裏社会で生きてきたであろう矢崎と、そういう世界とは無縁の真由香なのだ。
アダルトサイトという、不特定多数の男の欲望の群れから矢崎は現れ、ゆっくりではあるが、確実に真由香ににじり寄って来ている。
「いや、、それで、他にどんなこと言われたんだよ?」
貴彦は、勘の鋭い真由香に変な不審を抱かれないように、ごまかした。
「それがねー、これからって時に電話がかかって来て。なんか、急用が出来たらしくて。
もしよかったら、また来てくださいって言われた。」
きっとそれも計画通りなのだ。矢崎はいともたやすく、真由香と再会するきっかけを作った。あの男はもしかすると本当に、、。
(本当に真由香を口説くことに成功するのでは、、?)
そこまで考えると、貴彦は頭がクラクラとした。
あんな男に、ありえない。この真由香が。いや、あの男なら何とかするかも。自分でも自分が何を望んでいるのか、支離滅裂になっていく。
「ねえ、聞いてるの?」
「え?」
真由香が怪訝そうな顔をしながら貴彦を見つめていた。
「もー、全然、人の話聞いてないでしょ?」
「いや、聞いてるよ。そうだ、天城蒼雲ってどんな人だった?」
貴彦は真由香が矢崎に対してどういう印象を持ったか、気になった。
「うーん、なんか悪いんだけど、正直苦手なタイプ。」
「へえ、どうして?」なぜか苦手なタイプと聞いて、貴彦は身を乗り出す。
「作務衣に茶髪なの。別にそれはいいとしても、、」
なるほど、それじゃまるで一見暴力団風に見えなくもない。しかし、真由香が気になったのは別のことのようだった。
「なんとなく、この人ダメっていうのがあるの。雰囲気としか言いようがないんだけど。
男の貴ちゃんには分かんないかもね。
最初はほんと、胡散臭いなーとか思ったよ。」と真由香は笑った。
そうだ、その通りだ。真由香はやはり、ちゃんと見ている。
「占いの続きは気になるんだけど、何となく気が乗らない。どうしようかな。」
貴彦について矢崎が思わせぶりなことを言ったのは伏せたまま、真由香は、
抱いている我が子を見つめた。
真由香が迷っているときの顔だ。真由香の中の何かが、危険信号を発しているのかも知れない。
ここで真由香を止めることだって出来るのだ。そうすれば永遠に、真由香はあの男とかかわらずに済むのだ。
しかし、貴彦は何も言わなかった。
電車は中目黒を過ぎ、少し傾いた陽を浴びながら、3人の家路へと急いだ。
  1. 2012/12/23(日) 16:40:40|
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